才能開花&育成セッション|阿部達也公式HP

FrontPage

はじめに

画像の説明

はじめまして、阿部達也です。
9才~15才まで不登校。

25才でなんとなく大手企業に就職。
やりたいことが見つかりませんでした。

28才で妻がウツ。
お陰で夫婦で幸せになると決めることができました。

30才で転職。
一緒に仕事がしたいと思える人に初めて出会いました。翌年、自分のやりたいことが分かったため辞職。

31才で、ABK Corporationを設立。
人の可能性を育む活動をしています。

はじめて自分の可能性にワクを作った瞬間

将来なりたいものの格好をして
ステージの上で発表をする
発表会が幼稚園でありました。

お父さん、お母さんも見に来る1大イベントです。
みんなが、
「わたしの将来なりたいのは、ケーキ屋さんです!」
「わたしの将来なりたいのは、花屋さんです!」
「ボクの将来なりたいのは、消防士です!」 と
それぞれの仕事着を着て発表するんです。

みんな楽しく発表している中、
私はまったく楽しくありませんでした。
なぜなら、なりたいものが特になかったからです。

先生に無理やり警察官の服を着せられ、
私はステージに立たされ、
みんなの前で「警察官になりたいです!」と言いました。

私はこれから警察官として生きていくんだなぁ。

自分のやりたいことはどうせやれない…
自分の可能性にワクを付けた瞬間でした。

やりたいことが見つからない!!!

小学校に入ってすぐ勉強が嫌になりました。
なりたいものがない上に、
なりたくない警察官のために勉強をしたくなかったからです。

学校が楽しくなかった上に、いじめられるようになり
家に引きこもっている毎日でした。

中学、高校、大学、大学院へ進み、その後就職。

どうせ自分は人の役に立てるわけがない。
そんな風に、自分の可能性を閉じ込めていました。

毎日がワクワクするようなやりたいことがずっと見つからず困っていました。

幸せになれないというあきらめのワクを取り払う

28才で最愛の妻と結婚しました。その3ヶ月後、
子どもが欲しくてたまらなかった私たち夫婦に
ショッキングなことが起こりました。

原因不明の妻のウツ病

ウツ病の薬は、生まれてくる子どもに対して副作用があると知り、
子どもを授かることをあきらめました。

何もすることができない自分に無力感を感じながら、
苦しんでいる妻を家に1人残して夜遅くまで残業。
申し訳ないという罪悪感でいっぱいでした。

妻がウツ病だから、夫婦で幸せに過ごすことはできないと
夫婦の幸せをあきらめていました。



そんな中、人生を大きく変える出来事が起こりました。

それは、残業中の妻からの電話でした。

少しでも妻に辛い思いをさせたくない気持ちから、
自分自身の不安や悩みを隠して元気に振舞っていたら、
大きな声で怒られました。

「夫婦なんだから言いたいことがあったらはっきり言えや!」と



このとき体に電流が走りました。

夫婦幸せになると誓ったはずなのに、
幸せになることを考えていなかったことに気付いた瞬間でした。

この出来事で私は、
本当は子どもを育てて幸せに過ごしたいという想いに気付き、
夫婦幸せになることを決意することができました。

幸せになれないというあきらめのワクを取り払うことに成功したんです。

やりたいことはどうせやれないというワクを取り払う

幸せへのあきらめを取り払い、夫婦幸せになるために行動していくと
不思議なことに対人恐怖症がなくなっていきました。

残業ばかりしていた生活に終止符を打ち、
定時までに仕事を終わらせるようになりました。
(意外と仕事を終わらせることができるのにビックリでした)

そして、少しでも夫婦の幸せにつながると思えば
ありとあらゆるセミナーや講演会に参加しました。

かけがえのない仲間にたくさん出逢い、
さらに出逢いが加速していきました。

どうしても平日のお昼に行きたい講演会があり、
妻のウツが悪化したとウソをついて有休をとって参加しました。

その講演会の懇親会で出逢った人の紹介の紹介で、
いずれ師匠となる男性に出逢いました。

その男性からその後4年間、
ウツ解決の方法、
可能性の発見の仕方、
可能性の輝かせ方について深く学びました。

学んだことを家に帰って妻に試す。
こうして、私のスキルが磨かれていき、
いつのまにか、妻のウツが解決しました。


そして、妻のウツ病解決から2年後、
阿部家に待望の赤ちゃんが生まれることになりました。

産まれてきたのはかわいい男の子。
私はどんな父親でありたいのか考えさせられました。

答えは、
『自分の可能性をあきらめるのではなく、
自分の本当にやりたいことをして輝いている父親でありたい』
でした。

答えが出てきた瞬間、ボコッと音がしました。

自分のやりたいことはどうせやれないと
あきらめていたワクが外れたんです。

私が6才の頃に、私に付けたワクが外れた瞬間でした。
私の可能性は24年間ワクが外れるのを待っていたんです。

可能性を育むと才能へと変化していきます

私はこれまで妻のウツ解決を通じて、
私自身の可能性を育んできたことに気がつきました。

私の可能性の種が育まれ、芽が出て、
やりたいことはどうせやれないというワクが外れた時に才能の花が咲いたのです。

才能開花した瞬間でした。

そして、はっとしました。
私はこれまでやりたいことをしてきたことに気付いたんです。

私が長年求めていた私のやりたいこと。
それは、『可能性を育むこと』

ついに6才からの夢だった、
私のやりたいことが見つかったんです。

やりたいことが見つかると、
どんどん引き寄せの毎日が始まりました。

人材育成をしていきたいという介護会社の社長さんと出逢い、
私の可能性を育む才能を高く評価して頂き、
転職を決意しました。

しかし、自分の進みたい道とのギャップが
大きくなってきたため1年半で辞職することになります。

お互いが協力し合い、心1つに共に歩んで行きたいという
想いとは裏腹に現実とのギャップにもがき苦しみました。

しかし、もがき苦しんだからこそ見つけた信念がありました。

それは、
人の可能性を育み、一体感のある場をつくること
でした。

その後、ABK Corporation を設立。
現在は、人の才能開花と才能育成に取り組んでいます。
 
自分の才能を見つけたい、ライフワークを見つけたい方は
才能開花セッション
詳しくはこちらをどうぞ。

子育てに興味のあるお父さんお母さんは、
子どもの才能育成セッション
詳しくはこちらをどうぞ。

a:9941 t:7 y:11

powered by Quick Homepage Maker 4.81
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional